2026.08.18 ロザリオ学園 ブログ
幼稚園教諭の資格を取得し、当園に就職していただいた若き先生方。日々、子どもに向き合いながら、悩んだり、喜んだり、迷ったり・・・と奮闘しながらの日々を過ごされている。そうして1年が経としたある日、1人の先生(A先生)に「先生はこの幼稚園に就職されて良かった?」と(少し恐る恐る)尋ねたことがあった。すると彼女は「とっても良かったと思います」と即答された。私は、ほっとしながら重ねて「どうして?」と尋ねると、「ここに勤めるまでは幼稚園の先生は、いかに子どもを引きつけ、いかに子どもをまとめることができるか。それが良い先生だと思っていました。しかし、ここでは違っていました。いかに一人ひとりの子どもの気持ちを理解し、いかにその気持ちに寄り添えるかが良い先生で、それが教師に求められることだと思いました。自分はそういう風に子どもと関われることが嬉しく、これからもそうでありたいと思っています。」と答えられた。日々の保育を通して実感したことを、自らの信念として喜びをもって語るその姿がとても頼もしく、誇らしく思った。
モンテッソーリ教育を実践する教師は“新しい先生”と言われることがある。
何が新しいのか? 何が違うのか?
それは、従来の教師は子どもに指示をして、教師の思い通りに動かす。といった教師が上で、子どもが下。といった関係性であった。しかし、“新しい先生”は、子どもが自ら育とうとする力を信じて、心に寄り添いながらそれを助けるものである。まさしく、A先生が求められている教師の在り方であろう。しかし、この“新しい先生”であることは容易なことではない。
ある日、こんな出来事があった。
A先生が、子ども達が観察できるようにと、数種類の野花を数個の小さな花瓶に1種類ずつ生け、机の上に綺麗に並べていた。そこへ、入園間もない意欲と好奇心旺盛なⅯちゃんがやってきて、「わあぁきれい」と言って全部抜いて、花束のようにしてしまった。思わず、「そうしたらだめよ」私の口から出そうになった時、隣のいたA先生が「このお花綺麗ねぇ、先生もそう思うのよ」と言ってⅯちゃんと一緒に喜んだのである。そして、その後「このお花、他のお友達にも見せてあげたいからまたここに入れておいてくれる?」と声をかけると、Ⅿちゃんは、「うん、わかった」とにこにこしながら花を元に戻したのだ。その様子を見ながら私は、「だめよ」と言わなくて良かった。と思うと同時に改めて、心に寄り添う、ということは、本当に忍耐と謙虚さが必要である。とつくづく思った。

子どもは否定ではなく、自分を理解し共感してもらえると、いつも安心していられるだろうし、次への意欲もわくだろう。そして、一生懸命子どもを理解し、手伝おうとする教師を子どもは信頼するだろう。

こうした先生方に日々エールを送りながら、これからも共に学びあい、刺激しあい、“新しい先生”でいられるよう共に歩んでいきたい。
この夏、私共ロザリオ学園教師の学び舎である京都モンテッソーリ教師養成コースの創設者であり、約40年前、日本に初めてモンテッソーリ教育を持ち帰った赤羽惠子先生が天に召された。モンテッソーリ教育に出会わせてくださったことに心より感謝しながら、これからもこの教育を子ども達のために実践していくことを心に刻みながら、祈りを捧げた。
海の星幼稚園
園長 上田礼子
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