卒園生・保護者の声

†  林先生の思い出(道後聖母幼稚園) 2021/11/18

 昭和31年にオレンシオ・ペレス神父様によって、聖母幼稚園が開園されました。その翌年、幼稚園の隣に司祭館が建てられて、そこを仮聖堂としてカトリック道後教会が誕生し、私の一家5人はカトリック松山教会からカトリック道後教会に移籍してきました。園長先生と道後教会の主任神父様をオレンシオ神父様が兼任されていました。ちなみに昭和34年に今も聖母幼稚園の隣にあるとんがり屋根の上に十字架をいただく道後教会聖堂が建てられました。ここまで教会のことを中心にお話ししましたが、私が聖母幼稚園に入園したのはカトリック信者だったからです。実をいうと、母は通園しやすい家の近くの幼稚園に私たち兄弟を入れたかったのですが、オレンシオ神父様に(道後)Big family 竹葉様説得されて、園児の足で30分以上もかかる幼稚園に通わせることにしたそうです。自家用車もないし、通園バスもないころだったので、私たち兄弟は休んでばかりいたと母から聞きました。

 そのせいかどうか、幼稚園で遊んだことはあまり記憶にないのですが、私がいいた「つばめ組」の担任の林先生のことはよく覚えています。私が久しぶりに幼稚園にいくと、遊び相手のお友だちを連れてきてくださって、私が寂しくないようにしてくださいました。あるとき、それは長期の休みに入る前日のことですが、荷物をすべて家に持ち帰るため、私は自分の座布団を椅子から外そうとしていました。ひもの結び目がとても固く、何度やってみてもほどくことができなかったので、林先生に「ひもがきついので、ほどいてください」と言いにいくと、「もう一度やってごらん」というような返事をされました。優しい林先生からそんな返事をされて、ガーンとショックを受けたのですが、仕方なくもう一度やってみると、嘘のようにするっとひもはほどけました。この体験は幼心に衝撃的で、できないと思っても最後まで諦めてはいけないということを心にきざみました。高校を卒業するときに、自分の学校生活をふりかえって、一番大切なことを教えてくださったのはどの恩師かと自分に問いかけたとき、林先生だと思いました。

 卒園以来ずっと先生とお会いする機会がありませんでしたが、私が40歳ぐらいのときに、道後教会を訪問にいらっしゃったひとりのシスターが「私は昔隣の聖母幼稚園で先生をしていました」とおっしゃるのでお名前をお聞きすると林先生でした。私が名乗ると、林シスター(先生)も私を覚えていてくださいました。お会いできたのが嬉しくて、座布団のひものエピソードといつかお会いしたいと思っていたというような話をしました。しかし、林シスターは「わたしはそんなかわいそうなことをしたの?」とむしろ申し訳ないというお返事でした。

 その後、道後教会の信者さんたちといっしょに沖縄旅行をしたときには、林シスターが住んでいらっしゃった女子修道院に泊めていただきました。当時林シスターは沖縄県宜野湾市の真栄原カトリック幼稚園の先生として働かれていて、保育現場も見学させていただきました。また、市内観光にもつき合っていただき、大変楽しい時間を過ごすことができました。

 今、林シスターは80歳代でいらっしゃると思いますが、できればもう一度お会いしたいと思っています。

 (当時の写真:幼稚園で弟と一緒に)

竹葉純子(旧姓  築家) 

昭和36年(1961年)卒園

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